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デザイナーズ家具高価買取

デザイナーズ家具買取ならリサイクルショップ デコラにお任せください。カッシーナ、アルフレックス、BB、ドリアデ、アクタス、ヤマギワ、デンマーク、北欧家具などの中古デザイナーズ家具をどこよりも高価買取いたします。

リサイクルショップ東京ではアルフレックの中古家具を高価買取り強化中です。

カッシーナ、アルフレックス、BB、ドリアデ、アクタスなどのデザイナーズ家具を生み出した世界のマエストロたちを紹介します。

カッシーナの中古買取りを初め、IDC大塚の中古家具、オフィス家具の中古家具なども業界トップクラスの高価買取りを行っておりますので、お気軽にお問合わせください。

Arne Jacobsen

1902年、デンマーク コペンハーゲンで生まれる。1927年デンマーク王立芸術学校卒。1930年までの 3年間ポール・ホルソーの建築事務所で働く。20世紀モダニズムを代表する建築家、ル・コルビジェ、 ルードヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエらの影響を受ける。1950年デンマークの家具メーカ ー「Fritz Hansen(フリッツハンセン社)」と仕事を始める。そこでプライウッドを使用した名作、 「The Ant(アント チェア)」を誕生させる。プライウッドチェアの制作において、チャールズ&レイ ・イームズの「LCW」「LCM」等に影響を受けたが、成形時最も力を受ける背の一部の削除という 形で、イームズが成し得なかった背と座の3次元一体成形を成功させる。3年後、技術の進歩により 「Series 7(セブン チェア)」が生まれる。その後も、自身が設計したコペンハーゲンのSASロイヤル ホテルのためにデザインした 「The Egg(エッグ)」「The Swan(スワン)」など、デイニッシュ・デザイ ンを世界的に広める事となる作品を送り出した。また、SASロイヤルホテルやデンマーク銀行など 数々の建築プロジェクトを通してデンマークを代表する照明メーカー「Louis Poulsen(ルイス・ポール セン)社」と密接な協力関係を築く。これらのプロジェクトのために特注制作されたAJロイヤル、 AJディスカス、ムケンゴーといった照明器具は、今もなおルイス・ポールセン社のスタンダードアイ テムとして美しいモダンデザインの魅力を放っている。

Antonio Citterio

1950年イタリア メーダに生まれる。1972年ミラノ・ポリテクニックの建築学部を卒業後パオロ・ ナーヴァと共にスタジオを開設し、デザイナー兼コンサルタントとしてインダストリアルデザイン に携わる。フロス社、B&Bイタリア、フレックスフォルム社、カルテル社、モローゾ社、ヴィトラ 社など数多くの会社と仕事をし数多くの作品を発表。カルテル社から発表された「Mobi system」と のフォールディングテーブル「Battista」が、MoMaのパーマネントコレクションに選定される。また 1987年と1995年の2度、コンパッソ・ドーロ賞の栄誉に輝く。1987年、Terry Dwan(テリー・ドゥ ワン)をパートナーに迎え、スタジオ・チッテリオ・ドゥワン設立。ヨーロッパ及び日本において 多くの建築プロジェクトを手掛ける。主なプロジェクトは、ヴィトラ社のショールームとオフィス、 ドイツの商業銀行支店、ミラノの地下鉄1ライン及びのローマの地下鉄Aラインの再構築などに携わる。

RON ARAD

951年イスラエル テルアビブに生まれる。71年から73年までエルサレム芸術学院で学び、その後 ロンドンへ移住。74年から79年までロンドン建築協会で学ぶ。1981年キャロリン・トールマンと 共に自身のデザインスタジオ「One Off」を設立。83年同ショールームをオープンさせる。コヴェン ト・ガーデンのショールームで発表されたローバー社のシートと鉄パイプで作られた椅子「ROVER CHAIR」によって華々しいデビューを飾る。1989年には、デザイン・建築設計事務所「Ron Arad Associates,Ltd.」 を設立。Vitra(ヴィトラ)社、Poltronova(ポルトロノバ)社など世界の一流家具メーカ ーのためにデザインを提供する。Moroso(モローゾ)社から発表された、磨き上げられたステンレス スチール製のソファ「Big Easy Volime 2」に見られるように、洗練されたデザインの作品を生み出 していった。また同時期、六本木 アクシス・ギャラリーで開かれたライティング・デザイン展 「IN・SPIRATION」(委員長・倉俣史朗氏)に参加。アルミハニカムと鋼管、コンクリートを使った 全長2mを超える巨大なオブジェ「ARMADILLO LIGHT」で話題となる。

Mario Bellini

1935年ミラノに生まれる。1959年ミラノ工科大学で建築科卒業。1963年まで、ミラノにあるラ・ リナサンテ(La Rinascente)ストアでデザインディレクターを務める。1963年、マルコ・ロマーノ (Marco Romano)と共に建築および工業デザインオフィスを開設。その傍ら1965年までヴェネツィア 工業デザイン大学、また1982-83年、ウィーン応用芸術大学で教鞭をとる。1963年オリベッティ社と 契約を結び、電子タイプライターや計算機などの電子機器製品をはじめ電気製品で数々の成功を収 める。70年代に入るとカッシーナ社(代表作「CAB CHAIR(キャブチェアー)」(1977年):金属フレ ームを上質の皮で包み込んだチェア。その優雅なフォルムは20世紀を代表する。 チェアとして位置付けられている。98年ミラノ家具国際見本市において、プラスチック一体成型に より「ベリーニチェア」として発表され話題となった。)やB&Bイタリア社のために家具のデサイン を、またイタリアを代表する照明メーカーアルテミデ社のために「AREA」シリーズをデザインする。

Enzo Mari

1932年ノヴァラに生まれる。ブレラアカデミー出身。1950年代初頭から視覚心理学を研究。特に3次 元空間の知覚と知覚的構造の構築に興味を持つ。1976年から79年にかけてADI(イタリア工業デザイ ン協会)の会長を務める。生産技術、デザインのイデオロギーおよび方法論の仕事と教育に携わり、 パルマ大学視覚コミュニケーション研究センター、カッラーラ造形芸術アカデミー、ミラノ工科大学 建築科で教鞭をとる。またコンパッソ・ドーロ賞をはじめ多くの賞を受賞している。現代工業デザ インの混ざり合ったコメディア・デラルテの舞台上で独自の個性を持つ一人。彼の実用的デザインの 理論的な土台の上に立つ主張は、機能的構造と製造理論が、見るもの全てに明白である製品という 結果をもたらした。

Philippe Starck

1949年パリに生まれる。1966-8年にパリのカマンド装飾美術学校に学び、卒業後は、ピエール・カル ダンのメゾンに入社。1972年まで、アートディレクター(家具デザイン担当)をつとめる。1977年 P.K.ディックのSF小説から名前を取ったUBIKを設立。それが後にドリアデのシリーズ名となる。 982年、ミッテラン大統領の目に止まり、エリゼ宮のプライベートスペース内装を担当した事で一躍、 注目を浴びる。続く1984年、パリの「カフェ・コスト」(CAFE COSTES)のインテリアをデザインした 。その話題性と高い評価、また、そこで使われた椅子「コスト」が、世界的に販売されたこともあり これ以降、スターダムへのぼる。1988年 ニューヨークホテルの「ロイヤルトン」のインテリアデ ザイン。1989年、今や浅草のランドマークとなった吾妻橋のアサヒビール本社の「フラムドール」を 設計。これが彼の建築設計の第1号となり、以降、日本では同年の白金台ユーネックス ナニナニ UHNEX NANI NANI、1993年には、アレッサンドロ・メンディーニがプロデュースした「グローニン ゲン美術館」(オランダ)を、ミケーレ・デ・ルッキらともに行い、応用美術館を担当。建物そのも のが美術館のコレクションといわれている。その他、1990年 ニューヨーク「パラマウントホテル」 1994年、香港「ペニンシュラホテル」、1995年、マイアミ「デラノホテル」、1996年、ロサンジェル ス「モンドリアンホテル」など数多くの話題となった内装デザインを家具の製作とともに手がけている。

Alvar Aalto

1898年 フィンランド中西部のクオルタネに生まれる。測量技師であった父からの影響、母方の祖 父が営林職員であったことなどから、小学校入学前から建築家になることを夢見ており、1916年、 ユバスキュラの高校を卒業後、ヘルシンキ工科大学に進学した。卒業後ユバスキュラ市で「建築・ モニュメンタルアート事務所 アルヴァ・アアルト」を開設。1924年には同じく建築家であるアイ ノと結婚する。1929-33年設計のパイミオのサナトリウムによって、短期間に彼の建築家としての 地位を確立した。また、このサナトリウムのプロジェクトによって、彼の本格的な家具設計が始ま った。特にサナトリウム用に作られたアームチェアは、成形合板を使った斬新な座面により「材料革 命」と評され、家具デザイナーとしても彼の名を一躍有名にした。その後一連のスツールを次々に デザインし、自作の家具を国内外に販売するために、1935年に、妻:アイノ・アアルト、マイレ・ グリクセン、ニルス・グスタフ・ハールとでartek社を設立するに及ぶ一方、建築家としても地位 を不動のものとして、1943年にはフィンランド建築家協会の会長に選任された。

Antonio Citterio

1950年イタリア メーダに生まれる。1972年ミラノ・ポリテクニックの建築学部を卒業後パオロ・ ナーヴァと共にスタジオを開設し、デザイナー兼コンサルタントとしてインダストリアルデザイン に携わる。フロス社、B&Bイタリア、フレックスフォルム社、カルテル社、モローゾ社、ヴィトラ 社など数多くの会社と仕事をし数多くの作品を発表。カルテル社から発表された「Mobi system」と のフォールディングテーブル「Battista」が、MoMaのパーマネントコレクションに選定される。また 1987年と1995年の2度、コンパッソ・ドーロ賞の栄誉に輝く。1987年、Terry Dwan(テリー・ドゥ ワン)をパートナーに迎え、スタジオ・チッテリオ・ドゥワン設立。ヨーロッパ及び日本において 多くの建築プロジェクトを手掛ける。主なプロジェクトは、ヴィトラ社のショールームとオフィス、 ドイツの商業銀行支店、ミラノの地下鉄1ライン及びのローマの地下鉄Aラインの再構築などに携わる。

Vico Magistretti

1920年ミラノ生まれ。1945年大学卒業後、都市計画、工業デザイン、家具デザインなどの分野で 活躍。1956年、マルコ・ザヌーソらと共にADI(イタリア工業デザイン協会)を設立。戦後イタリア デザイン界の中心として活躍する。1961年ヴェネチア建築学校の客員教授、1975年バルセロナのCO AC、1983年にはロンドン王立美術大学の名誉客員教授として教鞭に就く。フリッツ・ハンセン、 アルテミデ、カッシーナ、フィアットなど世界のデザイン界の中心となる企業のインダストリアル デザインを手掛ける。発表された作品は世界中の名誉ある賞を受賞。
1967年と1979年の2度にわたりコンパッソ・ドーロ賞を受賞。1951年には第9回ミラノ・トリエンナ ーレ金賞、第10回ミラノ・トリエンナーレグランプリ、1982年にはケルンにおける国際家具サロン の審査員団から最優秀賞受賞。

Poul Henningsen

1894年9月9日デンマークに生まれる。1916年インテリアデザインの習作として初めてカットガラスの シャンデリアをデザイン。1919年にカールスバーグ社のためにシャンデリアをデザイン。また最初の 建築設計契約となるデンマーク学生ボートクラブを設計した。1924年マルチシェードを鏡面仕上げし た器具をデザインし、なだらかな配光とグレアの減少を試みる。25年のパリ工芸博覧会へのデンマー ク参加に先立ち開かれた照明デザインコンペで入選、ルイスポールセン社との協力を開始。1925年 から 26年にかけ、ルイスポールセン社と共同でコペンハーゲンのフォーラム展示会場の照明デザイン 契約を取得。今日として知られる、三枚シェードで光を拡散・反射させるランプの原型 がこのプロジェクトで生まれた。照明器具以外にもクロームとセルロイド製のグランドピアノや スチールパイプ製家具、バスルーム用の金物、書き物机など実にさまざまなものをデザインする。

Alfredo Haberli

1964年ブエノスアイレス生まれ。スイスのチューリッヒ在。世界のデザインシーンで注目されている 若手デザイナーのひとりで、チューリッヒのデザイン学校やミラノのドムスアカデミーなどで教鞭 もとる。

Poul LJAERHOLM

1929年 コペンハーゲンで生まれる。彼のデザイナーとしての足跡は、若いときからその才能を発揮、 鬼才といわれた。1952年 フリッツ・ハンセン社に入社、1953年 フリッツハンセン社を退社。 1953年〜1955年は Professor Erik Herlow のもとで働き、1955年〜1959年には Professor Palle Suenson のも とで働く。初期のプロトタイプを含めた実験的な試みはフリッツハンセン社によってなされたが、 その後1955年以降はE.コルド・クリステンセン社との協力で数々の名作が生み出された。 1955年〜76年 、School of Arts Crafts, and Design 家具デザイン科の教授として教鞭を執る。また、Royal Danish Academy of Fine Arts (王立芸術大学) 家具デザイン科講師として同様に教鞭を執る。1976年には教授に就任するが 、教官となって以来20数年間多くの学生達を熱心に厳しく指導したという。日本人で彼に師事した 人も実際に数人いた。ポール・ケアホルムは生涯に多くの賞を受賞。1957、60年 ミラノトリエナーレ・ グランプリ、1957年 デンマーク工芸家協会年度賞、1958年 ルニング賞(北欧において工芸・デザイン の最も権威ある賞)、1960年 エッカーズベアー賞、1972、78年 デンマーク家具工業組合年度賞、1973年 デンマーク・インダストリアルデザイン賞、1977年 デンマーク家具工業組合家具賞。ポール・ケアホル ムのデザインは、それまでの世代のデザイナーの殆どが木を素材としてデーニッシュデザインを確立し てきたのに反して、スチールを素材として用い、繊細で鋭いディテールの処理と厳格なプロポーション と線の処理は他のデザイナーの追随を許さない

Achille Castiglioni

1918年 イタリア・ミラノに生まれる。ミラノ工業大学建築学科を卒業。兄のリヴィオ・カスティリ オーニ(1911-79)、ピエル・ジャコモ・カスティリオーニ(1913-68)との事務所で、建築、インテ リア、展示会のデザインから家具や小物にいたるまで、当時のイタリアの建築事務所としては普通に、 様々な設計を行ってきた。兄リヴィオの独立後は、時代の要求により、家具、照明のデザインに偏向 していく。1950年代に入るとピエル・ジャコモとアッキーレは、デザインにおける彼ら独自の感性を 次々と表現していく。1957年にZanotta社より発表された2つの実験的とも言えるスツールは(自転車 のサドルからヒントを得た「SELLA」、トラクターのシートをヒントにした「MEZZADRO」)、ま さにその象徴的プロダクトといえる。1962年にフロス社が設立されるときにデザインの責任者として カスティリオーネ兄弟が招聘され、1960年代のイタリア照明界の代表デザイナーとなる。大理石のベ ースから優雅な曲線を描きながら伸びるアームを持つ「ARCO」、自動車のヘッドライトを利用して デザインされた「TOIO」は、今やモダン照明デザインの古典的存在になっている。1968年にピエル・ ジャコモが亡くなるまで2人によるデザイン活動が続く。

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